東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)175号 判決
原告 株式会社 鷺宮製作所
右代表者代表取締役 西見一郎
右訴訟代理人弁護士 雨宮正彦
弁理士 瀧野秀雄
被告 テキサス・インストルメンツ・インコーポレーテッド
右代表者 ジョン・エイ・ハウ
右代理人特許管理人 浅村皓
浅村肇
村田司朗
右訴訟代理人弁理士 小池恒明
松村博
主文
特許庁が、昭和五九年五月二八日、同庁昭和五六年審判第一四二四〇号事件についてした審決を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を九〇日とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、主文第一項及び第二項同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二請求の原因
原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
被告は、発明の名称を「スナップ動作ダイヤフラム調整方法およびその装置」とする発明について特許(昭和四一年一二月七日特許出願、優先権主張・同年一月三日アメリカ合衆国出願、昭和四四年一二月三日出願公告、昭和四五年五月二〇日設定登録に係る特許第五七三四九号。以下「本件特許」という。)を受けた特許権者であるところ、原告は、昭和五六年七月一〇日、本件特許の明細書の特許請求の範囲1記載の発明(以下「本件発明」という。)について無効の審判を請求し、昭和五六年審判第一四二四〇号事件として審理されたが、昭和五九年五月二八日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同年六月一八日原告に送達された。
二 本件発明の特許請求の範囲
ダイヤフラムの外周部分に力を加え前記部分の傾斜を変えてダイヤフラムのスナップ動作特性を調整するスナップ動作ダイヤフラム調整法。
三 本件審決理由の要点
1 本件発明は、本件特許の明細書及び図面中の各実施例の説明及び明細書第一頁第一二行ないし第一四行、第一一頁第五行ないし第七行等の説明から、圧力応動装置に関し、その検出圧力差を、電気スイッチの動作に有害な影響を与えず、簡単かつ経済的に調整する方法を提供するものと認められる。よって、本件発明の要旨は、「ダイヤフラム」という用語を「圧力に応動し、電気スイッチを動作させる隔板」と解した前項記載の調整法にあるものと認める。
2 本件発明の特許出願の優先権主張日前に頒布された刊行物である米国特許第一八八三二五一号明細書(以下「引用例」という。)には、「放射状のコルゲートを有し、オフセットした平らな取付外周部を有するスナップ動作をする複合メタル円板を備えるサーモスタットについて(第一頁第五九行ないし第七〇行参照)、外周部に力を加えて傾斜を変え、調整温度差、範囲を変えること」が記載されている。
3 そこで、本件発明と引用例記載のものとを比較すると、両者は、スナップ動作をする板の外周部に力を加えて傾斜を変える調整法である点で共通するが、調整対象の動作原理を異にし、また、引用例記載のものには、本件発明のような、電気スイッチの動作に有害な影響を与えないという効果があるのかどうか不明なので、本件発明は、引用例の記載のものに基づいて容易に発明し得たものとは断定し難い。したがって、本件発明をもって引用例記載のものに基づいて容易に発明し得たものとして、無効とすることはできない。
四 本件審決を取り消すべき事由
引用例の記載内容が本件審決認定のとおりであることは認めるが、本件審決は、本件発明の特許請求の範囲中の「ダイヤフラム」の用語の解釈を誤り、そのため本件発明の要旨を誤認した結果、本件発明と引用例との比較判断を誤り、仮にそうでないとしても、本件発明と引用例記載のものとの対比に当たり、その相違点の判断を誤り、ひいて本件発明をもって引用例記載のものに基づき容易に発明し得たものと断定し難いとの誤った結論を導いたものであり、この点において、違法として取り消されるべきである。すなわち、
1 本件発明の特許請求の範囲には、「ダイヤフラムの外周部分に力を加え前記部分の傾斜を変えてダイヤフラムのスナップ動作特性を調整するスナップ動作ダイヤフラムの調整法」と記載するのみで、右ダイヤフラムの用語を「圧力に応動し、電気スイッチを動作させる隔板」と限定する記載はなく、また、「ダイヤフラム」という用語は、広く「所定条件下においてスナップ動作をなす隔板」を指すものであるから、右特許請求の範囲の記載自体から本件審決のように、ダイヤフラムを「圧力に応動し、電気スイッチを動作させる隔板」のみを指すものと解することはできない。特許請求の範囲の記載文言の意味内容が不明瞭な場合に発明の詳細な説明などの記載を参酌してこれを明らかにすることは、特許請求の範囲に記載された事項の正しい技術的意義の説明を補うにすぎず、特許請求の範囲に何ら付加するものではないが、本件におけるように「ダイヤフラム」の語が技術用語として定着し、その意味内容が明確である場合、特許請求の範囲に記載されておらず、発明の詳細な説明のみに記載されている事項を補足して発明の記載の要旨を認定することは、特許請求の範囲の記載の解釈の限度を超え、これに別の要件を付加するに等しいものであって、許されない。本件審決は、この点で本件発明の要旨の解釈を誤ったものである。
一方、引用例記載のサーモスタット素子がダイヤフラムに該当することは明らかであって、本件審決認定のとおり引用例記載のものはスナップ動作をする板(サーモスタット素子)の外周部に力を加えて傾斜を変える調整法である点において本件発明と共通し、本件発明の要旨が前記特許請求の範囲記載のとおりである限り、本件発明は引用例記載のものと技術上同一であるというべきであるから、前記要旨認定の解釈の誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
2 本件発明の要旨を本件審決認定のとおりに解した場合において、本件発明のダイヤフラムは圧力応動であるのに対し、引用例のそれは熱応動である点において相違するところがあるけれども、両者とも、スナップ動作をする感応エレメントである点において共通しており、本件審決認定のとおり、該感応エレメントの外周部分に力を加えることにより反転作動の感度を変えること、すなわち感応エレメントの外周部分を典げてスナップ動作特性を変化させるという技術的思想において、両者に差異はない。しかも、引用例記載のもののスナップ動作特性の調整法は、当該ダイヤフラムが熱応動であることに由来するものでなく、スナップ動作をする薄板であることに由来する。してみると、引用例のダイヤフラムにおけるスナップ動作特性の調整法を本件発明の圧力応動のダイヤフラムに適用することには格別の困難性はなく、また、技術的障害事由もないというべきである。また、本件審決が指摘する本件発明の電気スイッチの動作に有害な影響を与えないという効果についても、本件発明の特許請求の範囲には、右効果を奏するための格別の構成は示されず、単に「ダイヤフラムの外周部分に力を加え前記部分の傾斜を変え」る方法が記載されているにすぎないから、右記載の方法が電気スイッチの動作に有害な影響を与えないというのであれば、これと同一の引用例の方法もまた当然に電気スイッチの動作に有害な影響を与えないということとなる。のみならず、引用例のダイヤフラムもそのスナップ動作により電気回路を開閉するものであるから、電気スイッチの動作に有害な影響を与えないことは明らかである。
第三被告の答弁
被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
一 請求の原因一ないし三の事実は、認める。
二 同四の主張は、争う。本件審決の認定判断は正当であって、原告主張のような違法の点はない。
1 ダイヤフラム(ダイアフラム)は、技術用語として、①「仕切り板、タービンの各段を仕切っている板」(昭和四五年一〇月三〇日日刊工業新聞社発行の「機械用語辞典」第二八四頁。)、②「おもに圧力変化を、変位に変換する目的に用いる膜。……また、用途により圧力検出用、駆動用、シール用がある。」(昭和四六年五月二五日技報堂発行の「電気・電子辞典」第二一三頁。)、③「金属または非金属の弾性薄膜をいう。弾性圧力計によく用いられる。これは流体の圧力変化によるダイアフラムの弾性変形を利用するものである。」(昭和四五年三月三〇日オーム社発行の「計測工学用語辞典」第二五六頁。)、④「フレキシブルな隔膜を一般にダイアフラムと呼ぶ。自動制御の分野では圧力を変位、力、仕事に変換するために用いられている。」(昭和四四年六月二〇日オーム社発行の「自動制御用語辞典」第二六二頁。)のように定義され、最広義では「仕切り板」であるが、一般共通概念で表すと、「圧力に応動して他の何らかの装置を動作させる隔板」と帰納することができる。更に、詳述すれば、②ないし④は、それぞれに共通する技術概念として「圧力に応動する板(膜)」を挙げているところ、圧力に応動するためには、板の少なくとも片面側が密閉空間でなければならないから、「圧力に応動する隔板」ということになる。「圧力に応動する隔板」を使用する場合は、該隔板の動作を用いて他の対象物に仕事をさせる場合であって、これを考慮すれば、ダイヤフラムは、「圧力に応動して他の何らかの装置を動作させる隔板」ということができる。ところで、発明の要旨の確定に当たっては特許請求の範囲の記載の文字のみに拘泥することなく、発明の性質、目的又は発明の詳細な説明及び添付図面全般の記載をも勘案して、実質的に認定すべきところ(最高裁昭和三九年八月四日判決)、本件審決が本件発明の要旨の認定のため参照した本件特許の明細書中には、「本発明は電気スイッチに関し、特に電気スイッチ等を作動させるように作られた圧力応動装置に関する。」(本件特許の出願公告公報(以下「本件公報」という。)第一頁第一欄第二八行ないし第三〇行)、「本発明の目的の一つは、とくに小形軽量で密閉され……スナップ動作ダイヤフラム調整方法およびその装置を提供することである。」(本件公報第一頁第一欄第三一行ないし第二欄第二行)、「感知スイッチが得られ、その圧力差はスイッチの動作に有害な影響を与えずに、簡単かつ経済的な方法で調整することができる。」(本件公報第三頁第六欄第二〇行ないし第二二行)との記載があり、以上の記載によると、本件審決が、本件発明は「圧力応動装置に関し、その検出圧力差を、電気スイッチの動作に有害な影響を与えず、簡単かつ経済的に調整する方法を提供するもの」と認め、これを前提に本件発明の特許請求の範囲中の「ダイヤフラム」の用語を「圧力に応動し、電気スイッチを作動させる隔板」と解釈したのは正当であって、その要旨の解釈に誤りはない。
2 引用例には、本件審決が参照したように、「本明細書の目的に関し、……サーモスタット(1)は半径方向に波形で番号(3)で示すように傾斜しており、平坦な締付け周縁部(5)を有する複合円盤を含んでいる。サーモスタットの金属は、いわゆる複合金属で、本実施例では、例えば真ちゅうと鋼のようにそれぞれ異なる熱膨脹係数を有する複合材料を含み、したがって、加熱すると、この円盤は、初めたわみ、ついにはスナップ動作により反対の位置をとる。冷却すると逆方向に作動する。」旨(甲第四号証(引用例)第一頁第五八行ないし第七一行)の記載があり、この記載から本件審決は、「スナップ動作をする複合メタル円板を備えるサーモスタットについて、外周部に力を加えて傾斜を変え、調整温度差、範囲を変えること」が引用例に記載されているものと認定したものである。したがって、本件審決が引用例の記載から認定したのは、原告主張のような一般的技術用語としてのダイヤフラムではなく、右にみた範囲のサーモスタットである。そして、本件発明と引用例記載のものとは、調整対象の動作原理について、引用例においては、複合メタル円板が熱応動して変化する、すなわち外部から何の力も加えず、加えられるのは熱のみであるのに対し、本件発明においては、ダイヤフラムの外周部分に力を加えることにより変化を生ずる、すなわち圧力を加えるものである点において、本件審決の認定のとおり調整対象の動作原理を異にする。また、「電気スイッチの動作に有害な影響を与えないという効果」について、引用例にはこの点に関する記載が全くないのに対し、本件発明においては、この点に関し、詳細、具体的な配慮をしたうえ、その手法を明記し(本件公報第一頁第二欄第三四行ないし第三頁第五欄第二二行)、それが技術的に可能であることを開示しており、したがって、両者は、技術的思想を異にするものというべきである。
第四証拠関係《省略》
理由
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件発明の特許請求の範囲及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決は、次に説示するとおり、本件発明と引用例との対比判断を誤り、ひいて、本件発明は引用例から容易に発明し得ないとの誤った結論を導いたものであり、違法として取り消されるべきである。
1 発明の要旨の誤認を前提とする違法事由について
《証拠省略》(本件特許の明細書)及び《証拠省略》(本件公報)によれば、本件特許の明細書の発明の詳細な説明の項には、その第一文の「本発明は電気スイッチに関し、特に電気スイッチ等を作動させるように作られた圧力応動装置に関する。」旨の記載に続いて、本件特許の発明の目的に関し、第二文及び第三文に「本発明の目的の一つは、とくに小形軽量で密閉されそして開放構造となるように作られ、比較的広範囲の圧力値を感知することができ、高感度でしかも比較的狭い範囲の圧力値内で動作することができる圧力応動装置を提供すること」及び「さらに他の目的は、振動によって装置が害されることなく、またその感度に影響を与えることなく装置の圧力差の大きさを調整することが簡単に行えるスナップ動作ダイヤフラム調整方法及びその装置を提供すること」にある旨の記載があり、次いで、本件特許の発明の課題とその解決方法に関し、第九文に「本発明により作られる型の装置では、圧力値の変化に応じて電気回路が開閉しあるいは電気スイッチが動作するようにしたい場合が多く、これはスナップを既定の圧力値で一つの位置から他の位置へ移動させそして別の圧力値でそのもとの位置に戻すようにスナップ動作のダイヤフラムの片側に圧力を加えることによって得られる。この圧力値の差は、装置のダイヤフラムの圧力差と呼ばれる。この差の大きさを狭くあるいは広く変更してそれによりその感度を変えたい場合が多い。スナップ動作のダイヤフラムの運動の大きさを変えずにこの変更を行うことが望ましいが、その理由はこれがダイヤフラムの位置の安定度に害を与え、したがってその動作がセットされる装置の安定度に害を与えるからである。スナップ動作のダイヤフラムの外周部分の傾斜を変えることによって、かかる便利な差の調整が得られる」旨の記載があり、続いて、その実施例の説明として電気スイッチをダイヤフラムの動作対象とする装置を掲げたうえ、その作用効果について、「かくして本発明の目的が達成されることが判明しよう。コンパクトな密封または開放形状の圧力感知スイッチが得られ、その圧力差はスイッチの動作に有害な影響を与えずに、簡単かつ経済的な方法で調整することができる。」旨記載されていることが認められ、以上の記載、特に本件発明の目的、課題及びその解決方法についての記載内容に本件発明の特許請求の範囲及び上掲各証拠により認められる本件特許の特許請求の範囲2に記載の文言中に電気スイッチに関連する文言が全くみられないことを総合すると、本件発明の特許請求の範囲中の「ダイヤフラム」なる用語を電気スイッチのみに関係させて理解すべき必然性はないものといわざるを得ない。
ところで、「ダイヤフラム」の語義については、《証拠省略》によると、技術用語として、本件特許の出願日である昭和四一年(一九六六年)一月三日前において既に広く用いられ、単に「仕切り板」を意味する場合もないではないが、通常は、「おもに圧力変化を、変位に変換する目的に用いる膜」、すなわち、二室を隔て、かつ、その両室の流体の圧力差などに応動して他の何らかの装置を作動させる隔板を意味するものと解することができるところ、この点に先に認定した明細書の記載を総合すると、本件発明の特許請求の範囲の記載中「ダイヤフラム」の語は、「圧力に応動し何らかの装置を動作させる隔板」と解するを相当とし、本件審決認定のように「圧力に応動し、電気スイッチを動作させる隔板」と解することはできず、したがって、本件発明の要旨は、上記説示のとおりの「ダイヤフラムの外周部分に力を加え前記部分の傾斜を変えてダイヤフラムのスナップ動作特性を調整するスナップ動作ダイヤフラム調整法」と解すべきである。原告は、本件発明の「ダイヤフラム」は「圧力に応動する」ものに限られず、「所定の条件下においてスナップ動作をなす隔板」と解すべき旨主張するが、右主張は、叙上説示に照らし、採用することができず、したがって、右主張を前提として本件審決を違法とする原告の主張は理由がないものというべきである。
2 引用例との対比判断の誤りを前提とする違法事由について
引用例に本件審決認定のとおりの内容の記載があることは、原告の自認するところ、これに《証拠省略》(引用例)を総合すれば、引用例記載のものは、熱応動するサーモスタットによる制御装置に関するもので、半径方向に波形で、番号3で示すように傾斜しており、平らな取付外周部を有するスナップ動作をする複合メタル円板を備えるサーモスタットについて、外周部に力を加えて傾斜を変え得る構成とし、右の構成により可変作動温度範囲を有するスナップ動作素子(サーモスタット素子)の使用を必要とすることなしに調整温度差、範囲を変え得るようにしたものであること、並びに実施例として、サーモスタットの動作対象を電気スイッチとするものが示されていることが認められる。
叙上認定の事実に基づいて、本件発明と引用例記載のものとを対比するに、本件発明のダイヤフラムは引用例記載のものの円板状サーモスタットに該当し、両者は、スナップ動作をする板の外周部に力を加えて、傾斜を変えることによりダイヤフラム(サーモスタット)のスナップ動作特性を調整する方法である点において、その構成ないし技術的思想を同じくするが、本件発明のダイヤフラムが圧力応動であるのに対し、引用例のサーモスタットは熱応動である点においてその構成を異にすることは明らかである。
そこで、右の相違点について検討するに、前認定の本件発明の目的、課題及びその解決方法に徴すれば、本件発明の特徴がスナップ動作ダイヤフラムの叙上構成によるダイヤフラムのスナップ動作特性の調整法についての技術的思想にあることは明らかであり、引用例も前認定のとおりこの点の技術的思想を同じくするものであるところ、ダイヤフラムのスナップ動作の動作源を圧力応動とするか、又は熱応動とするかは右の技術的思想と直接的な関係にないものと認められるから、両者の叙上の相違は、本件発明の本質に関係がなく、引用例に示された熱応動のスナップ動作の調整法を圧力に応動するダイヤフラムに適用して本件発明のように構成することには、格別の困難性はなく、当業者において容易になし得る程度のものとみるのが相当である。なお、被告は、本件発明が電気スイッチの動作に有害な影響を与えないという効果を奏するのに対し、引用例にはこれに関する記載がなく、両者は技術的思想を異にする旨主張する。しかし、本件発明と引用例記載のものとが、スナップ動作をするダイヤフラムの調整法である点で、その構成ないし技術的思想を同じくすることは前認定のとおりであるところ、本件発明が奏する被告主張の作用効果が叙上の構成ないし技術的思想に由来するものであることは、本件発明に関する前認定の事実に徴し明らかであるから、たとい引用例に被告主張の作用効果に関する記載はなくとも、同様の作用効果を奏するものと認めるのを相当とし、したがって、被告の右主張は採用することができない。
そうであるとすれば、本件発明は、引用例から当業者が容易に発明をすることができたものというほかはなく、これと結論を異にする本件審決は、その認定判断を誤ったものというべきである。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤った違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるものということができる。よって、これを認容することとし、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条及び第一五八条第二項の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 武居二郎 裁判官 高山晨 清水利亮)